2023年(令和5年)10月1日から、消費税のインボイス制度が導入されます。この制度が導入されると、これまで消費税の免税事業者であった人でも、課税事業者になって、いやでも消費税を納めなけらばならなくなるケースが続出します。今、免税事業者は何をすべきなのか、いっしょに考えていきましょう。
インボイス制度の導入されるとどうなる?
田中商店は、文房具の問屋さんです。長年、近所の佐々木文具店に文房具を卸してきました。田中商店は年商800万円くらいですから、消費税は免税です。これまで消費税など納めたことはありませんでした。でも、お得意先の佐々木文具店にはちゃっかり10%分の消費税を上乗せして請求してきました。
今までは、これで何の問題もありませんでした。
田中さん
田中商店のご主人
文房具の卸売りを営んでいます。
主な得意先は佐々木文具店です。
年商は800万円で、消費税は免税です。
佐々木さん
佐々木文具店の店主
学用品の小売業です。
年商は6,000万円で、
毎年消費税を納めています。
さて、ここからは未来のお話しです。時は2023年(令和5年)の9月、秋風が吹き始めたある日のことです。田中商店のご主人の田中さんは、お得意先の佐々木文具店の店主佐々木さんの突然の訪問を受けました。
田中さん、久しぶりだね。商売の方はどうだい?
まあまあだね、コロナもすっかり収まって景気も良くなってきたことだし、商売はこれからだよ。
ところで田中さん、うちの税理士から聞いたんだけどね、お宅から仕入れている文房具に乗っている10%の消費税だけど、今のままだと、うちが国に納める消費税の計算をする上で差し引けないことになってしまうそうだよ。
え、どういうことだい?詳しく話してくれないか。
うちは長年消費税を国に納めてきたけど、お得意さんから預かった消費税から、こちらが仕入先に預けた消費税を差し引いて、その差額を納めてきたんだ。田中商店から仕入れた文房具についても同じでね、今までは無条件に仕入れた金額の10%を差し引いて消費税の申告ができたんだよ。
それがこれからどうなるって言うんだい?
来月(2023年10月)からは、消費税を納めていない人からの仕入れについては、消費税の10%を差し引けなくなるんだよ。
これが困るんだ。うちも苦しいからね。できるだけ消費税は少なく納めたいんだ。ところが、お宅からの仕入れについては消費税を差し引けなくなるのではねえ・・・・。
消費税は、お得意先から預かった10%の消費税をそっくり国に納めるのではありません。お得意先から預かった消費税から仕入先などに預けた消費税を差し引いた差額を納めればよいのです。佐々木さんは、田中商店から預かった消費税を、自分の消費税の申告で差し引けなくなることを心配しているのです。
それじゃ佐々木さん、うちが消費税を納めていないことを知らなかったことにして消費税の申告をすればいいじゃないか。
それがダメなんだ。これからは、消費税を差し引いて申告するためには、仕入先が消費税を納めていることを証明する書類を確認しなければいけないことになるんだ。
その書類をインボイスっていうそうだけど、インボイスを発行できるのは消費税を納めている人だけなんだよ。田中商店は消費税が免税だから、インボイスを発行できいないんだ。そうなると、申し訳ないけどこちらも仕入先をインボイスを発行できる人に代えなければならないんだよ。
ちょ、ちょっと待ってくれよ。うちの売上のほとんどは佐々木商店に対する売上じゃないか。長年取引してきたのにそれはないだろう!何か方法はないのかよ!
一つだけあるよ。田中さんが消費税を納める人になればいいいんだよ。田中さんはこれまで消費税は免税だったけど、これからは自主的に消費税を納めることにすれば、インボイスを発行できるからね。そうすればこれまで通り取引を続けられることになるよ。
でも、そうなると、お宅と取引を続けられるかわりに、うちは消費税10%を毎年納めなければならなくなるんじゃないの?
そうだね。これも消費税の基本的な構造からしょうがないんだ。田中さん、いやかもしれないけど、これからは結局次のどちらかを選ぶしかないことになるね。
A 消費税を納める人(課税事業者)になって、佐々木文具店との取引を続ける
B 消費税を納めなくてよい人(免税事業者)のままでいて、佐々木文具店との取引はあきらめる
簡易課税を選択してみたら
さて、田中さんは佐々木文具店との取引を続けるために、仕方がないから税務署に書類を提出して、消費税の課税事業者になりました。
ところで、消費税の計算には次の二とおりの方法があります。田中さんは、どちらか納める消費税が少なくなる計算の方法を選べるのです。
1.原則的な計算の仕方
得意先(佐々木文具店)から預かった消費税から、仕入先等に預けた消費税を差し引く原則的な計算の仕方です。
得意先(佐々木文具店)から預かった消費税 - 仕入先等に預けた消費税 = 納める消費税
2.簡易的な計算の仕方
考え方は1と同じですが、「仕入先等に預けた消費税」の計算の仕方がちがいます。
簡易的な計算の仕方ですと、仕入先等に預けた消費税の計算は実際に預けた消費税ではなく、得意先(佐々木文具店)から預かった消費税に一定の率を掛けて計算します。
得意先(佐々木文具店)から預かった消費税<甲> - <甲> × 一定の率 = 納める消費税
*上の算式の「一定の率」は、業種によって6種類に分かれます。田中商店の場合は卸売業ですから90%です。
1と2のどちらの計算方法によるかは、田中さんが自由に決められます。田中さんが簡易的な計算方法を選んだとしますと、年商が800万円の場合に納める消費税は年額で8万円程度になります。
このように、田中さんが消費税の課税事業者になった場合でも、簡易的な計算方法を選ぶことで、それほど大きな税金の負担にならないことがあります。この程度の消費税を払うくらいでよいのなら、課税事業者になってこれまでと同じようにお得意先と取引を続けた方が良いという判断もあり得るでしょう。
ただし、どちらの計算方法が有利になるかは人によって異なります。必ずしも簡易的な計算方法が有利とは限りません。インボイス制度が始まるまでにどちらの方法を選ぶかを決めておきましょう。
免税事業者のままで問題ないケースは?
2023年(令和5年)10月からは、このように消費税の制度が大きく変わりますが、変わった後でも、全ての免税事業者が消費税の課税事業者にならなければいけない訳ではありません。
課税事業者になるかならないかは、あくまで本人の自由です。ただし、免税事業者のままでいると、田中さんのように、得意先から取引を断られるかもしれないことが問題なのです。
それでは、免税事業者のままでいても今までどおり得意先との取引を続けられるケースはあるのでしょうか。
これには、次のような場合が考えられます。
<免税事業者のままでいても問題ないケース>
1.非課税の売上だけの場合
例えば、居住用アパートの大家さんの場合です。店子さんが大家さんに支払う家賃は消費税が非課税です。家賃には消費税がかかっていないのですから、店子さんが大家さんにインボイスの発行を要求することはないでしょう。したがって、大家さんは敢えて課税事業者になる必要はないことになります。
2.得意先が全て消費者の場合
例えば、田中商店が文房具を直接消費者に小売りしているとした場合です。文房具の売り先が全て消費者であれば、消費者はそもそも消費税の申告をしませんから、田中さんにインボイスの発行を要求することはないでしょう。したがって、この場合は、田中商店は課税事業者になる必要はありません。
まとめ
どうでしようか。これまで消費税の免税事業者として消費税を納めないで済んできたみなさんにとっては、とても大きな問題でではないでしょうか。
免税事業者のみなさんは、田中商店のご主人のように、2023年(令和5年)10月までに、次のAかBかの選択を迫られることになるのです。
A 消費税を納める人(課税事業者)になる B 消費税を納めない人(免税事業者)のままでいる さらに、Aを選んだ場合は、次のどちらにするかを決めなければなりません。 イ 原則的な計算の仕方で仕入先等に預けた消費税を計算する ロ 簡易的な計算の仕方で仕入先等に預けた消費税を計算する |
また、免税事業者のままでいた場合、得意先から「これまでどおり取引を続けるかわりに、消費税分を値引きしてもらいたい」という要求を突き付けられる可能性もないとはいえません。
田中さんと佐々木文さんはともに個人事業主ですが、会社の場合でも基本的な考え方は同じです。このページをご覧になっている方が消費税の免税事業者でしたら、この際、2023年(令和5年)10月のインボイス制度導入に備えて、ご自分がAとBのどちらを選ぶ方が良いか、今のうちに考えておく必要があるでしょう。
2022.1.17